コンセプト

「家族の椅子」の目的は、日常生活における家族のコミュニケーションを、より豊かで活発にさせるための生活道具の提案にあり、それにより主人を中心とする家族のアイデンティティーが健康的に形成され、家族の豊かで独創的な成長を支えるための生活道具となることを願い企画、デザイン、制作をしています。家族の椅子製品は現在も一点一点手作りで生産しており、思いを込めて「使い手」へと手渡しています。ここでは、「家族の椅子」が誕生するまでの背景をご紹介します。

背景とプロセス

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幼少期、職人だった父親の背中は社会的な立ち位置から見ても大きいものでした。当時、職人はあらゆる産業の中で花形的職業のように目に映りました。親方衆が寄合いでもしようものなら、街を肩で風切って闊歩していたような時代がおぼろげな記憶として残っています。

しかし、ものづくりが時代の変化とともに合理化や大量生産、産業流通にさらされ、あらゆる業種の職人が本来あるべき士気を失い、尊い匠が姿を消していく様を感じました。同時にあらゆるものが手に入り、物質的には非常に豊かな時代となりましたが、貴重なもの、大切なものが次々に少なくなり、消費が精神的な質の高さ、豊かさに直接繋がることとは筋違いになってしまっと感じる昨今です。

職人は長年の経験や研鑽による尊い智恵や美意識を蓄え、また貴重な資源を刻むという責任を負いながら人々の暮らしに「豊かな必要」を表現すべきと思っています。その想いを表現するため2005年、工房にショールームを設け、オリジナルデザインの家具「家族の椅子」の展開を開始しました。「作り手」から「使い手」へ、私の手作り家具を通じてものづくりの大切さや、一点一点の家具が発案から完成するまでの背景や物語をお伝えし「作り手」の想いを共有していただきたいと念じています。

日本人と椅子

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以前、北欧家具にあこがれデンマークへと遊学中、日本の生活文化に関心の強い外国人から「日本人はどのような椅子を好んで使っているのか?」と聞かれたことがあります。外国では日本の生活文化に「神秘的」と関心が高いことは実感していました。しかし日本では、ヨーロッパでデザインされ生産された輸入家具に人気があることから率直な返答に困ったことがあります。

椅子の生活文化は欧米育ち。故に当然そちらの方が良いに決まっているという観念からこのようなことになるのだと思いました。また上質なソファの前のカーペットに座り「ソファは背もたれにしかなってないのでは?」とか、居酒屋でイイ気分で椅子の上で胡座で寛ぐおじさんをよく見かけることを思い出しました。専門家の私から見ても椅子が悪いわけではないのです。靴を履いたまま暮らす欧米人と靴を脱ぎ床で暮らす私たちは、そもそも生活文化が全く違うのです。

私が腰を痛め接骨院に通った時の話ですが、院にはリアルな人体骨格標本があり先生に日本人と欧米人の骨格や筋肉の付き方の違いを教えて欲しい、と頼んだことがあります。すると日本人は背筋の付き方が元々少ないというようなことを教えてくれました。確かに日本人は欧米人と比べ背中が丸いような気がします。こんなこともきっかけとなり、日本人の生活文化にあった椅子があるはずと確信し、それから私の家庭用の製品の発想手法は生活文化に根ざした設計方法、ジャパニーズモダンと思考するようになったのです。

「家族の椅子」のシンプルとは...

暮らしに考えられるありとあらゆる要件・条件を集積して形を求め、そこから不要と考えられるものを全て取り払い、最後に残った形をバランスよく整理し整えた形のことをシンプルと呼ぶようにしています。さらに「適切な余白」がデザイン出来れば最高です。決して直線と、平面で構成された無機質(ミニマム)な形をいうのではありません。見せかけの装飾や機能は永く使っているうちに必ず不要なもにとなると考えています。造形的なデザインもシンプルの視点から疑い不要であれば採用しません。北欧の家具はその点が実にシンプルであると言え、日本人の考えや暮らし方に非常にあっているように思えました。私のこれらのデザイン手法はデンマークでの遊学経験から多大に影響を受けていると思います。

「家族の椅子」が社会にデザインしたいもの

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私たちは、家族が主人を核にリビングやダイニングなどで一緒に集まり快適に過ごせるような生活道具を作り出し、それぞれの家族がそれぞれのアイデンティティーを構築して欲しいと考えます。
しかしそれは言葉や理屈で出来るものではなく、まずは家の中で家族が快適に一緒に過ごし、自然にお互いの価値観や経験値、想いや将来を尊重しあいながらじっくりと時間を掛けて育てはぐくむものだと思います。そしてその緩やかな時の流れの中で、主は家長として議長役を務めるのです。なぜなら家族というものは主人が司る最小の社会だからです。
健康な日常生活は、情報の多様化や核家族化、その他様々な要因により、一つ屋根の下で家族皆が好きなことを好きな方向を向いて行動し、お互いの理解が小さくなり・・・これでは家族皆が家で安らぎ、心の充電をするどころではありません。お父さんの役割、お母さんの役割、その中で子供は何を見て育つのでしょうか?

家は家族の器であり、家具は家族を支える生活道具です。私たちの提案する「家族の椅子」が、豊かで健康な家族の日常に戻す仕掛けとなってくれれば大成功です。

デンマーク遊学体験の中で素朴に素敵に驚いたこととして、家族一緒に知り合いの家族宅を訪問し、コミュニケーションを楽しむ、という余暇を過ごす文化があることでした。家族全員が知り合い同士というわけではなく、訪問のきっかけに誰かが知り合いであればよいのです。決して豪勢にもてなすこともなく「ホームパーティー」でお互い家族が価値観を交換し合うという何とも豊かな交流の習慣がありました。それは家族一つ一つが信頼関係で結ばれ、それが家族のアイデンティティーに感じるほどで「家族の椅子」の提案がこんな家族の成長に一助と出来ることが理想です。